今、ドラマの話題をネットで見つけたので気になった事を書きます。
『先に生まれただけの僕』の中で、”なぜ勉強するのか”というテーマについて触れていました。
その中で、数学はなぜ学ぶか、英語はなぜ学ぶかなどに真摯に答えていました。
数学は、正しい判断力を付けるために勉強する。
数学が強ければ、うまい儲け話などにひっかからないかもしれないとのことでした。
英語は、世界中から情報を得るためとか、将来の幸せをつかむためとのことでした。
ここからは塾長の見解ですが、子供たちはこの説明で納得するのでしょうか。
私は納得いきません。
上げ足を取る言い方かもしれませんが、「数学が弱かったら詐欺にあうのか?」ってなりませんか?
「英語が出来なかったら、将来幸せになれないのか、世界に取り残されるのか?」と。
英語なんて塾長が子供の頃(30年前)から同じ様なことをいっていて、未だに英語教育は進んでいません。
塾長は高校では理系で進み、大学は文系に進みました。
微分積分や代数幾何は塾講師になるまで忘れていました。
何の役に立ったかは全く実感ありません。
もちろん役に立つ勉強もたくさんありました。
ですが、やらなければならなかったとは思いません。
受験には役に立ちました。
そもそも、「役に立つから勉強しろ」なんて言われた事がありません。
「役に立つから勉強しろ」とも言いません。
子供たちの可能性がどこにあるのかわからないから、それを発見するために勉強していると思っていますし、何より、『役に立たないかもしれないことに、どれだけ頑張れるかを測る為』だと思っています。
得手不得手は誰にでもあります。
でも努力は誰にだって出来ます。
それを測るのが勉強だと思っています。
答えは人それぞれあるのかもしれません。
ただ、『役に立つ』という結論を先に持ってきて、無理に理由を付けるのは納得いきません。
なぜ勉強するのか。
では勉強しないのか。
自分自身で考えてもらいたいです。
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