合格で人生は決まらない

大学受験はすでに始まり、中学受験と高校受験もまもなくはじまります。

いい学校に入れば、いい人生になるのか。

そもそもいい学校とはなんだろうか。

いい学校=偏差値の高い学校 ではありません。“絶対に”です。

偏差値の高い学校=楽しい学校生活 ではありません。“絶対に”です。

どちらも入ってみなければわかりません。

イヤな友達、イヤな先生が一人いるだけで学校生活はイヤなものになるでしょう。それは偏差値の高い学校でも同じことです。

偏差値が高い学校は、イヤな人がいないのですか?そんなはずがありません。

どんな学校かというのは、人の感想でしかなく、実際は偏差値と教育方針ぐらいしかわからないのではないでしょうか。

偏差値から分かることは、そのレベルの理解力がある人が集まっているということぐらいでしょう。

荒れていない、いい学校に進学できる、いじめが無い、そんなことは想像でしかありません。

それでは受験に意味が無いのか。それは違います。

塾長は、受験に向けて努力することに意味があると思っています。

それは推薦でも一般受験でも同じことです。そのために努力することに意味があります。

ここで頑張れたら、この先の人生でも頑張れるときがあります。その時のための訓練でしかないと思っています。

イヤなことからすべて逃げるのもいいと思っています。でもそれには覚悟が必要です。

逃げ回るには、逃げるための環境が必要です。それは親に頼るということだと思います。

いつまで逃げ回れるのでしょうか。逃げられる環境があるというのはうらやましいです。

ここにきて体調不良の受験生も増えてきました。“しかたない”と思いますか?

体調不良はどうにもなりません。気を付けるしかありませんよね。

でも、受験に言い訳はありません。ただ落ちるだけです。“しかたない”ですか?

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今日も昨日と同じか?

弟子が増え、仕事も増え、お金は減る

 

塾長は居合道をやっていて、道場を開いている。

新しく会を作って2年が経ち、会員が10人を超えた。ありがたいことであるが、ほぼ利益がないので大変なだけである。

 

では、なぜやるのか? そんなことは塾長が聞きたいぐらいだ。

 

また3月に京都まで行って居合の審査を受けてくる。気が向かない。

巣立ちの時が近づいてきた。

塾長はいつもここにいる。

 

       笑われて笑われて強くなる

            太宰治(作家)