量の問題

1年で一番寒い時期になりました。なぜこの時期に受験なのか不思議です。

受験は学力によって人のまとまりを作ることになっていますが、学力や受験などというものは大きな意味を持っていません。

 

自分の置かれる環境を選ぶということです。

 

多くの生徒を見てきましたが、入学後は『最初のイメージと違った』と言います。

 

『荒れている』とはどういう状況でしょうか。

「財布を盗まれた」「タバコを吸っている人がいる」・・・よくある話です。

こういう話は偏差値の低い学校と思われがちですが、はっきりいってどの学校にもあります

良いか悪いかではなく、多いか少ないかの問題です。

 

 

こういう話は将来ずっと続くと思います。大学を卒業すれば会社に就職します。

 

大企業だったらいい会社なのか?

→それは給料とか福利厚生だけ見るといい会社でしょうが、イヤな人がいないとは限りません。

学校と同じで、入ってみなければわからないのです。

 

 

自分の身をどこに置くかというのは、とても大事なことですが難しいことでもあります。

半分は運任せということです。

 

 

イヤな場所からは逃げることも必要です。必要以上に我慢する必要もありません。

ただし、次に行く場所も今よりいい場所かどうかはわかりません。

 

上にはさらに上があります。下にはさらに下があります。

 

塾長は他の人よりいろいろな学校に通っていましたし、いろいろな職業につきました。

自分の居場所を探していたように思います。

 

結局、自分の意心地がいい場所が見つからなかったので、自分で作ったということです。

それは半分運がよかったということです。多くの人に恵まれました。

また新しい場所に行ってみようと思います。

今日も昨日と同じか?
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2000年の呪い

 

塾長も多少アニメをみることがある。前にマンガの規則性の話をしたが、今回も似たような話だ。

恋愛でも格闘でも、マンガは似たような設定が多い。そのことに気づいてからマンガはほとんど読まなくなってしまった。年を取るというのはつまらないこともある。

この2026年という21世紀にもなって、血筋や家柄、才能ばかりが描かれる。現実世界では否定されるものばかりだが、なぜにマンガだと許されるのか。みんな血筋や家柄って嫌いじゃなかったの??

相関関係が難しく、家柄が良くて強ければなんでも許されるのがマンガだ。

この家柄などの上下関係は古代中国の価値観から東洋の国々に浸透していったものだ。

 

現実世界はどうだろう。知り合いの流派が裁判沙汰になっていた。

これも血筋と家柄の争いだ。大阪万博にも出演していたが、裏でお家騒動真っ只中だったというわけだ。

 

武道なんて金にもならないことで、こんなにも争いが起こるというのは滑稽だ。

弟子が二人増えた。塾長は楽しくやっていくことを誓った。

 

己が非を 知らでは人の 非は見えじ 人より先に 己が非を知れ            

             一刀流兵法 溝口派