いつまで学ぶか

 梶原塾の区切りもあと1カ月です。次の成長段階に入ります。

みなさんも、進級、進学にそなえているところです。進級は希望が多いかもしれませんが、進学は不安と希望が入り混じったものでしょう。

 

また1年間が終わります。次のはじまりですが、社会に出るまでというのは本当に長く感じる。

塾長はまた大学に行っていますが、わずかに目標達成できず、来年度もがんばります。

 

勉強・学ぶというのは、テストで点を取るため“だけ”ではありません。

将来使うからでもありません。使うものも中にはあると思いますが、そのために勉強しているわけではないでしょう。

 

 

中学校は、テスト2週間前になると、ご丁寧にテスト範囲を表にして渡してくれます。

高校になると、そんな丁寧なことはやってくれません

高校1年生が、「まだ範囲もらってない」とか「まだ範囲終わってない」とか言ってくるのをよく聞きます。そんなものはどうでもいいのです。塾長が高校生のとき、冬休みに教科書100ページ分を自分で勉強してくるように言われました。まだ習っていない範囲です。そして冬休みが終わったら、その範囲をテストです。学校の授業っていらないんじゃないかと思いました。

 

 

イギリスのケンブリッジ大学は学期ごとのテストはありません。1年に1回、集大成としてのテストを行います。年に1回なので失敗はできません。町中が緊張するそうです。

 

『習ってない』とか『範囲がわからない』なんてことは問題にもなりません。全部勉強しておけばいいことですから。

 

 

勉強したあとに身に付けてほしいものは、勉強に向き合ってきた『姿勢』そのものです。

習ったことを覚えた姿勢

勉強の仕方を身に付けていった姿勢

いろいろな問題を解決していった姿勢

 

教科の勉強とは直接関係のないことが重要であり、算数とか英語とか以前に、もっと根本的なところを身に付けてもらいたいということでしょう。

 

それが文部科学省のいう『人格の完成』でしょうか。

今日も昨日と同じか?
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師弟関係のしがらみ

 

塾長の師匠の道場は、兄弟子が引き継いでいたのだが、もはや存亡の危機らしかった。

人間、長く生きていると、順調なことばかりではない。仕方がなく、今は弟弟子がなんとか頑張っているようだった。

しかし、結構大変なことが多く、個人的にも大変だということで、塾長が支援することになった。

 

塾長は道場を独立してからというものの、好き勝手にやって楽しんでいる。おかけさまで弟子も増えた。

師匠はすでに亡くなっているが、せめてもの恩返し。道場の再興に協力する。

 

一つの組織を存続させるというのは、思っているよりも大変で、後継者を育てるのは何年もかかる。

途中でやめる人もいれば、仲間内で争うこともある。

人間関係ほど面倒なものはないな。

 

お会いしたその日から、別れの時の来るのが辛うござんした            

                    男はつらいよ  車 寅次郎